「あ~やってしまった」または「やってみることを悩んじゃう」方
お疲れ様です。今日も会社で愚痴ばかり言いつつ、
きっちり定時退社をきめてきました、naoです。
ボーナス全然もらってない!!!!!!!!
と1日のたまった後に、案外もらっていて自分の勘違いだったことに気付いてタイトルの「あ~やってしまった」状態の今に至ります。
もう明日どういう顔して会社に行けばいいの・・・?
とりあえず先輩に謝ろう。ごめんなさい。
そんな中、ツイッターのリツイートで流れてきた、こちらの文章がすごく胸を打ちました。
友達が昨日来ていた服装を覚えてますか?
昨夜食べたご飯はなんだった?お昼ご飯は?
意外と自分のことですら記憶にないはず。友達の服装なんて思い出せもしない。
でも、好きな映画とか、セリフとか、音楽とか、好きな子とか。
そういうのって鮮明に記憶してるよね。そのとき、あなたが本当に見ている時なんだと思う。
逆にいうと人はほとんど「見ていない」。
これだけの人がいて、あなたのことに関して注目してます!なんて言う人は、いるわけがない。
誰もあなたに期待してない、誰もあなたを見ていない。冷たい言葉だと思うなかれ、これが真実だと僕は思う。
ただ、それを受け入れて素直に生きた人の方が純度の高い魅力的な人だと僕は思う。
「素直に生きる」。簡単そうで難しい。
人によく「素直だね」と言われる。
でも私が言われるこれは「感情のみ」に言える「素直」で、生き方に関する「素直」ではないんだろうなともわかる。
今はやりたくないことに、どう抗おうか必死にもがいているだけ。
「素直」に生きたい。好きな事をみつけて、みつめて、興味あることを繰り返したい。
自分に対して「素直」でありたい。
彼は言う。どんな学校に行ったって、どんな仕事に就いたって、できる人はできるし、できない人はできない。学歴も仕事も関係ないと。
何をやったって自由なんだから、自分で何をするか考えなければいけない。
そのためには手を動かすしかない。いろいろやって、いろいろ試して。
その中からこれはと思うことを探し続けるしかない。
そういいながら、あまり好きではない資格のテキストを開こうとする私。
いかがなものでしょう。でもまぁこれは挑戦の1つなので。
やるだけやってみたい。